広告会社の本当の危機


 私ベムは、広告会社に新卒で82年に入社した。まだ電話はダイヤルで会社には交換台のお姉さんがいたし、PCもないし、電卓で計算し、伝票や受注台帳や企画書もすべて手書き。新聞は鉛の凸版、雑誌は版下、テレビは16ミリのフィルム、スポット用には1局に対して一番本数の多い日の本数分フィルムを入稿するという作業だ。今にして思うと、この仕事の効率の悪さといったらなかった。それでも、会社に出社すると大概喫茶店に打ち合わせと称して、コーヒーを飲みに連れて行かれたし、確かに深夜残業もあったが、今の若いアドマンに比べると、ここまで激務ではなかったような気がする。
 こうした現象は何も広告会社だけの話ではないだろうが、メーカーや銀行や商社が、そのビジネスモデルの大転換を既に果たしているのに対して、広告会社にはこれから待っている激動期がある。


 こういう時期、新しいビジネスを発想する力はもちろん若い人にある。過去の成功体験をもつ人は返ってマイナスだ。
 そういう意味で、ビジネスが概ね理解でき、仕事ができるようになる30歳代のアドマンたち、特に前半の人たちはネット社会のコミュニケーションの本質を体感的に理解し、ITリテラシーと、情報収集力、情報更新力を高いレベルでキープできる、今後の広告業界を変えていってくれるたいへん貴重な人材である。

 しかし、現状彼らは今激務の中で、余裕がほとんどない。現業以外のことをじっくり考える時間や、会社以外の人とのネットワークをつくる時間などがない。こういうものがないと、新しい提案、起案ができないのではないかと思う。会社によって違うだろうが、人口動態的に年代の上の世代が多く、若い人間が少ないので、オペレーション作業のしわ寄せが比較的人数の少ない若い世代に集まりやすいせいもある。

 総合商社が取り扱い手数料のビジネスモデルを転換し、様々なビジネスに自ら投資して成果をあげてきたように、広告会社も情報商社として既存モデル以外に果敢に挑戦していくしかない。そういう成長戦略を描けないのであれば、市場から退出せざるを得ない。
 
 にもかかわらず、若い人たちに激務を押し付けるだけで、未来を託す提案起案を育成する努力に欠ける。マスメディアによるマージンモデルだけでは成長性に欠き、広告周辺市場への対応力にも問題があり、現状の広告会社がクリティカルな状況にあるのは事実だ。だが、そういうことより、実は若いアドマンに余裕がないことが本当にクリティカルだということに気づくべきだ。会社のどこからでも新しい提案が出てくる環境をつくるべきだし、若い人たちにそういう起業を奨励する文化を育てる必要があるだろう。

 ただもうそんなに時間はないんだけど・・・・。