「テレビの、これから」


 NHKの「テレビの、これから」と題した放送記念日の特別番組をたまたま観た。生でこういう番組でやるというのもNHKならではだが、今頃こんな議論がされているのかとがっかりしないでもない。(ある意味一般の視聴者として参加している人のほうが良く分かっている。)夏野さんの「単に視聴率を換金レートにするモデルは崩壊しますよね。」とか「ネットとテレビは対立軸にはありません。」という当然の議論が革新的になっちゃうあたりが物足りなく感じた。それにしてもテレビ製作者側のネット社会に対する認識の貧弱さが改めて露呈して見えた番組でもあった。

問題の本質は、情報の受け手に主導権が移行しているにもかかわらず、いまだにある「送り手の思い上がり」である。それが彼らの使命感といった自身高尚なものと考えていようと、無意識にでも送り手の影響力を誇示したがる潜在意識がものごとをゆがめている。今の社会のコミュニケーション構造からすると、そうした送り手主導構造はすでに破綻しているのである。そうした「送り手の思い上がり」を視聴者がみな見抜いていて辟易としていることにすら気づいていない。

ただマスメディアの最大の影響力は、「今話題とすべきはこのテーマ」と決定してしまうことである。テレビでコメンテーターが何を言っても、今の視聴者はそれにすべて流されるほどバカではない。議論の賛否はネットでも両論どころかさまざまな視点で評価される。しかしマスメディアはその議論するテーマを特定してしまう。報道も大事なテーマを全く報道しないできたことがたくさんある。意図的に封殺してしまうこともある。

それでもネット社会は、マスの送り手が勝手に決めてしまうことを認めないだろう。そのうちオリジナルな取材力を身につけてくるに違いない。そしてその伝播力と信憑性を高めるメカニズムを獲得するだろう。